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東京高等裁判所 平成11年(ネ)4572号 判決 2000年7月26日

控訴人

甲野太郎

住友海上火災保険株式会社

右代表者代表取締役

植村裕之

右両名訴訟代理人弁護士

羽成守

菅谷公彦

西島幸延

被控訴人

染谷純子

右法定代理人後見人

染谷久男

右訴訟代理人弁護士

須藤建夫

主文

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人の各請求を棄却する。

三  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一  控訴の趣旨

主文と同旨

第二  事案の概要

本件は、交通事故によって受傷して後遺障害を負った被害者(被控訴人)が、前訴において全部勝訴の判決を得、その確定後、同訴訟における請求がいわゆる明示的な一部請求に係るものであったとして、加害者及び保険会社に対し、残額の支払(ただし、保険会社に対する請求については、加害者に対する判決の確定を停止条件とする。)を請求した事案である。

当裁判所は、被控訴人の前訴は一部請求であることを明示してされたものに当たらないと判断し、これと異なる判断の下に被控訴人の各請求を認容した原判決を取り消し、被控訴人の各請求を棄却することとした。

一  争いのない事実等

以下の事実は、当事者間に争いがないか、証拠(甲一、二、三の1、乙一ないし三)により容易に認められる。

1  次のとおりの交通事故が発生した(以下「本件事故」という。)。

(一) 日時 平成六年一月二八日午前八時二五分ころ

(二) 場所 茨城県龍ケ崎市別所町<番地略>先交差点

(三) 加害車 控訴人甲野太郎が保有し、かつ、運転する普通乗用自動車<車両番号略>

(四) 被害者 被控訴人

(五) 態様 自転車に乗った被控訴人と出会い頭衝突

2  控訴人甲野は、加害者の保有者であるから、自賠法三条本文により被控訴人の損害を補償すべき責任があり、控訴人住友海上火災保険株式会社(控訴人住友海上)は、控訴人甲野と対人賠償保険金額無制限の自動車総合保険契約を締結していたから、右保険約款第一章六条により控訴人甲野が本件事故による損害賠償の責任を負う範囲内で、被控訴人に対し、賠償保険金の支払義務である。

3  被控訴人は、本件事故により急性硬膜下血腫等の傷害を負い、事故日である平成六年一月二八日から平成八年二月二七日までは牛久愛和総合病院に、同日から同年七月一六日までは国立リハビリテーションセンターに、同日からは茨城県中央病院に入院し、平成九年四月末同病院を退院後は自宅において両親による看護を受けている。被控訴人は、受傷当初は瞳孔拡大、呼吸停止の状態であった。

4  被控訴人の症状は平成八年四月一〇日固定し、その後遺障害は、自賠責保険の被害者請求手続において、神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、常に介護を要するものとして、自賠法施行令別表の第一級三号と認定された。

5  被控訴人は、控訴人らに対し、平成八年一二月一四日ころ、本件事故に基づく損害賠償請求に係る前訴(水戸地方裁判所龍ケ崎支部平成八年(ワ)第二五四号)を提起した。被控訴人は、当初、損害額を一億二一八九万五九八七円と主張し、その全額(及び遅延損害金。以下、遅延損害金についての記述を略すときがある。)を請求し、その第一審係続中、二回にわたって損害額の主張を追加し、口頭弁論終結時には損害額を一億四一七二万七〇八八円と主張するに至ったが、主張の追加の都度、請求の拡張はしない旨表明した。

6  前訴の第一審判決(平成一〇年二月一六日言渡し)は、被控訴人の被った損害額を一億四二一〇万二〇二八円と認定し、その範囲内である一億二一八九万五九八七円の請求の全額を認容した。右判決書の事実及び理由の「第一 請求」の欄には、被控訴人の請求として、「主文同旨(請求できる金額一億四一七二万七〇八八円の一部を請求する趣旨である。)」と記載された。

7  控訴人らは控訴(当庁平成一〇年(ネ)第一一〇八号)し、平成一〇年六月二日の控訴人第一回口頭弁論期日において、当事者双方は、第一審の口頭弁論の結果に基づいて陳述し、口頭弁論調書には、「第一審の口頭弁論の結果陳述。事案の概要は原判決記載のとおり」と記載されている。

8  本件事故により被控訴人が被った項目ごとの損害額及び被控訴人の過失割合は、別紙ⅠないしⅢ、Ⅴのとおりである。

9  控訴審判決(平成一〇年一二月八日言渡し)は、損害額を一億二四九七万一三五〇円(損害の項目毎の内訳、被控訴人の過失割合及び控訴人らによる既払額は別紙のとおり)と認定し、被控訴人の請求額一億二一八九万五九八七円はその範囲内であるとして、控訴人らの各控訴を棄却した。

10  控訴人らは、被控訴人に対し、右判決の確定後、認容された一億二一八九万五九八七円及びこれに対する平成六年一月二八日から平成一〇年一二月二九日までの遅延損害金を同日支払った。

二  争点及び当事者の主張

1  前訴請求は明示的一部請求に当たるか否か

(一) 控訴人ら

請求が明示的一部請求であるとして後に残額を請求することが許容されるためには、前訴の訴え提起の際にその旨を明示することを要するところ、被控訴人は、前訴の訴状において、請求が一部であることを明示しなかった。

仮に、訴状において明示することを要しないとしても、被控訴人は、前訴の係属中、請求の残部を別訴に留保する旨を明らかにしておらず、一部請求であることを明示してもいない。

なお、前訴第一審判決の事実及び理由中の「第一 請求」欄に「請求できる金額一億四一七二万七〇八八円の一部を請求する趣旨である。」と括弧書きで附記された部分は、右記載自体、一部請求であることを明示するものではない上、右判決の「第一 請求」欄の記載であって、前訴の控訴審において当事者双方が原審の口頭弁論の結果を陳述するについて基礎とされた右判決の「第二 事案の概要」欄における記載ではないから、右記載により、控訴審において一部請求であることが明示されたことにはならないし、仮に、右記載により一部請求であることが明示されたと認められるのであれば、控訴人が前訴において主張していない事実であって弁論主義に違反する。

したがって、前訴は全部請求であったから、本件確定判決の既判力は本件にも及び、本件訴えは不適法である。

(二) 被控訴人

前訴はいわゆる明示的一部請求であるから、被控訴人は、後訴である本件において、損害の全額の賠償を請求できる。

前訴第一審判決の事実及び理由中の「第一 請求」欄に「請求できる金額一億四一七二万七〇八八円の一部を請求する趣旨である。」と括弧書きで附記され、その控訴審において、当事者双方は、事案の概要について、第一審の口頭弁論の結果を原判決記載のとおり陳述したから、このことからも、前訴は、一部請求であることが明示されたというべきである。

2  消滅時効の成否

(一) 控訴人ら

(1) 本件訴訟は、本件事故の日である平成六年一月二八日から三年以上経過した平成一一年四月九日に提起されており、本件損害賠償請求権は、時効により消滅している。右請求権の消滅時効が症状固定日である平成八年四月一〇日から進行するとしても、本件訴訟は、訴状においては、前訴判決の確定自体を請求原因とするものであって、本件事故に基づく損害の発生の主張がされておらず、その提起をもって民法一四九条の裁判上の請求ということはできない。被控訴人が本件事故に基づく損害賠償につき裁判上の請求をしたのは、裁判所の求釈明に応じ、本件控訴審第三回口頭弁論期日(平成一二年二月二日)において同日付準備書面に基づいて陳述し、本件事故による損害を主張したときであるから、消滅時効は完成している。控訴人らは、平成一一年五月一八日の原審第一回口頭弁論において、被控訴人に対し、右時効を援用する旨意思表示した。

(2) 被控訴人は、不法行為による損害賠償請求権の消滅時効は、全損害について、症状固定の時から進行すると主張する(後記(二)(1)参照)。この見解は、具体的に確定した損害及び経験則上予見し得る損害については、個別の請求が可能かつ必要であって、本来、個々の損害を知り、又は予見し得た時点から消滅時効が進行すべきところ、複数に分断した訴訟提起が必ずしも実際的でないとの配慮から、不法行為、特に交通事故に基づく損害賠償請求の特殊性にかんがみ、被害者に紛争の一回的解決の便宜を政策的に与え、症状固定を持って、後遺障害以外の損害を含む全損害について訴えを提起することが許容されるとするものである。そうであるならば、一旦かかる政策的配慮の恩恵を受け、症状固定を待って訴えを提起し、紛争の一回的解決を指向した以上、かかる恩恵は当該訴訟の中でのみ受け得ると解すべきであり、個々の損害が明らかとなり、あるいは予見可能となった時点において、その分につき適宜請求を拡張すべきであって、たとえ当該訴訟において一部請求であることを明示していたとしても、その判決確定後、後訴により残額を請求することは許されるべきではない。

すなわち、先行訴訟においては、右の個別時効はいわば政策的配慮から顕在化しないが、その判決が確定した後の訴えにおいては、右の個別時効は顕在化し、この時効に従って請求の可否を見直し、消滅時効が完成していない損害額の合計が先行訴訟における認容額を上回る場合、その上回る限度で請求に理由があることになると解すべきである。

本件においては、被控訴人が症状固定前の損害として主張する一八八七万四六八七円については、本件事故時において予見可能であり、その時点から右にいう個別の消滅時効が進行することとなるから、その消滅時効は本訴提起前に完成している。そして、これを控除した損害額は一億〇七九八万四一三三円であり、前訴の認容額一億二一八九万五九六七円を下回るから、本訴請求は理由がないというべきである。

(二) 被控訴人

(1) 被控訴人は、症状固定の時に本件事故による全損害を知ったこととなり、後遺障害を除く損害を含めて、その時から消滅時効が進行するものと解すべきであるところ、被控訴人は、症状固定日である平成八年四月一〇日から三年を経過する前の平成一一年四月九日に本訴を提起したから、本件損害賠償請求権の消滅時効は完成していない。

(2) 控訴人らの主張(2)は争う。

第三  当裁判所の判断

一  争点1(前訴がいわゆる明示的一部請求に当たるか否か)について

1  ある金額の支払を訴訟物の全部として訴求し、勝訴の確定判決を得た後、別訴において、右請求をその訴訟物の一部である旨主張してその残額を訴求することは許されず(最二小判昭和三二・六・七民集一一巻六号九四八頁参照)、また、一個の債権の数量的一部についてのみ判決を求める旨を明示して訴えが提起された場合、訴訟物となるのは右債権の一部の存否のみであって、全部の存否ではなく、右一部の請求についての確定判決の既判力は残額の請求に及ばない(最二小判昭和三七・八・一〇民集一六巻八号一七二〇頁)。

交通事故により生じた損害の賠償を求める債権も一個の債権であり、前訴において数量的一部についてのみ判決を求める趣旨が明示されていない限り、同一の交通事故に基づく損害の賠償請求は、後に生じたものなど、前訴において請求することができなかった等の事情もないものについては、別訴において訴求することは許されない筋合いである。

2 本件についてこれをみるのに、前記第二の一(争いのない事実等)の5ないし7のとおり、被控訴人は、前訴の訴状においては損害額の全額の請求をしていることが明らかであり、後、二度にわたり損害額について主張を変更(増額)したものの、請求の拡張をしない旨表明したのにとどまり、前訴の第一審係属中のいずれの段階においても、その主張する損害額を請求額との差額を後訴に留保する意向を明らかにするなど、前訴における請求が損害の一部を請求する趣旨であることを明示していたと認めるに足りる行動を採ったものとは認めることができないというほかない。

3 もっとも、前記第二の一(争いのない事実等)の5及び7のとおり、前訴第一審判決の判決書の事実及び理由中「第一 請求」欄に、被控訴人の請求として、「主文同旨(請求できる金額一億四一七二万七〇八八円の一部を請求する趣旨である。)」と記載され、前訴の控訴審の第一回口頭弁論期日において、第一審口頭弁論の結果に基づいて陳述がされ、同期日の調書には、「第一審の口頭弁論の結果陳述。事案の概要は原判決記載のとおり」と記載されている。しかし、この調書の記載をもって、当事者が、右第一審判決の請求欄の記載を引用して陳述したとは必ずしも認められない上、前訴第一審裁判所が右を講学上の「明示的一部請求」であることを判決書に記録する趣旨で記載したと解することは、前記認定の被控訴人の損害額の主張の変更(増額)に伴う訴訟活動とは明らかに整合しないものというほかなく、前訴第一審裁判所は、いわゆる「内金」請求と用語を混同したきらいすら窺われるというべきであって、いずれにせよ、前訴第一審判決書の記載により、被控訴人の請求が一部請求であることを明示されたことになると解する余地もない。したがって、前訴控訴審において前訴第一審の口頭弁論の結果が陳述されたことにより、被控訴人の請求が一部請求であることが明示されたことになるものでもない。

4  右のとおり、被控訴人の前訴は、一部請求であることが明示されたものに当たらない。

二  その余の争点について

以上によれば、その余の争点について検討するまでもなく、被控訴人の請求は、理由がないことが明らかである。

第四  結論

以上のとおり、被控訴人の請求は、前訴の既判力の及ぶ範囲にあり、前訴にと同一の請求をするに帰するもので、理由がないという外なく、棄却を免れない。

よって、これと異なる原判決を取り消し、被控訴人の請求を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官・江見弘武、裁判官・小島浩、裁判官・原啓一郎)

別紙<省略>

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